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#13『ペットと飼い主の絆を変えた!“もしものとき”の支えとなる保険』日本ペットオーナーズクラブ・野川亮輔
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CHANGE YOUR LIFE ~あなたのくらしを変えたもの~ #13『ペットと飼い主の絆を変えた!“もしものとき”の支えとなる保険』日本ペットオーナーズクラブ・野川亮輔 ペットは飼い主にとってかけがえのない家族。 そのペットが怪我や病気に見舞われたとき、支えとなってくれるのが「ペット保険」です。 日本における歴史は浅く、誕生は1995年、まだ20数年ほどです。 大手保険会社の社員だった野川さんは、ある出来事をきっかけに「ペット保険」の誕生を強く願うようになりました。 しかし、当時はペットのための保険商品は認められていませんでした。 そのため、保険商品をつくるために必要な病気の症例数などを探しましたが、まとまった統計データは見つかりませんでした。 野川さんは、協力してくれる医師を探すところから始め、地道に下地を整えていきました。 飼い主の大きな味方となってくれる「ペット保険」ができるまでの苦難の道のりや、「ペット保険」が私たちとペットの関係をどのように変えたのかを伺いました。
#19 『空の旅を気軽なものに変えた!日本初のLCC』Peach Aviation:木谷理世
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CHANGE YOUR LIFE ~あなたのくらしを変えたもの~ #19 『空の旅を気軽なものに変えた!日本初のLCC』Peach Aviation:木谷理世 低運賃で気軽に飛行機が利用できるローコストキャリア=LCC。 日本におけるパイオニアが、関西空港に拠点を置くPeachです。 2012年3月、〝空飛ぶ電車〟をコンセプトに運航を開始したPeach。 手ごろな運賃で〝気軽な旅〟を実現しました。 最初はスタッフさえもLCCの意味や役割を理解しておらず、文字通り〝ゼロ〟からのスタートです。 “電車”であるが故に、チケットは自動改札のように自動チェックイン機で手続き、座席は無償だと選べず、機内食ももちろん有料です。 就航から7年あまりで累計の搭乗者数が3000万人を突破する勢いです。 気軽に乗れるようにするために何を変えてきたのでしょうか? 創業前からブランディングに携わってきた木谷さんに、Peachの認知度向上のための独自戦略や低コストを実現させるための驚きの工夫について伺いました。
#21 『新生児の未来を変えた!“世界一安全”な国産人工呼吸器』メトラン:中根伸一
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CHANGE YOUR LIFE ~あなたのくらしを変えたもの~ #21 『新生児の未来を変えた!“世界一安全”な国産人工呼吸器』メトラン:中根伸一 日本における新生児の生存率は、世界でもっとも高い99%以上。 その驚異的な数字に貢献しているのが、 国内のほとんどのNICU=新生児集中治療室が導入している メトランの人工呼吸器です。 数年前には、体重265グラムで生まれた赤ちゃんが、 無事に退院するまで病院関係者とともに支え続けたこともあります。 新生児の中でもまだ肺が発達していない未熟児が生きるためには、 呼吸を補助してくれる人工呼吸器が欠かせません。 しかし従来のものは、送り込む空気量が多すぎて肺を傷つけたり、 後遺症が残るなどの問題を抱えていました。 「未熟児に、笑顔で過ごせる未来を」...その思いから開発された メトランの人工呼吸器。そこには問題を克服するため、 “意外なもの”の技術が応用されていました。 世界初で日本唯一の人工呼吸器開発を実現したメトランの中根代表に、 人工呼吸器にかける思い、そして思い描く未来を伺いました。 【提供】日産自動車
#43『掃除を手軽に変えた!気づいた時にすぐに掃除できるコロコロ』二トムズ コロコロブランド部長:川田勉
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CHANGE YOUR LIFE ~あなたのくらしを変えたもの~ #43『掃除を手軽に変えた!気づいた時にすぐに掃除できるコロコロ』二トムズ コロコロブランド部長:川田勉 カーペットなどに付着した髪の毛やホコリを、器具を転がすだけで簡単に取ることができる、 そうした手軽さで家庭の必需品となったのが、1983年に誕生した「コロコロ」です。 開発のきっかけとなったのは、社内で発生した大量の返品業務。来る日も来る日も製品の梱包に明け暮れる中、ある社員の取った“ある行動”がコロコロ誕生につながったといいます。「この製品が実現すれば日本の掃除文化が変わるかも...」そう意気込んだのはいいものの、長年、工業用製品を製造してきた川田さんの会社。掃除用品どころか消費者向けの商品について開発のノウハウがなかったため、大きな苦労が待ち受けていました。 今回は川田勉さんに、研究開発における苦労秘話と、コロコロが日本人の掃除文化をどう変えたのかをお聞きしました。 【提供】日産自動車
ベリーズ
ノマド・シェフ ベリーズ 今回ノマド・シェフのジョックがやって来たのは中央アメリカの国、ベリーズ。古代マヤ人や、アフリカから奴隷として連れて来られた人々の食の秘密に迫る。ジョックは海に潜って貝を獲ったり、げっ歯類を狩ったりする。
ペルー
ノマド・シェフ ペルー ノマド・シェフのジョックはペルーのアマゾンの奥地までやって来た。ここに住む人々はアマゾン川や熱帯雨林を、食料貯蔵庫やスーパーマーケットとして利用しているそうだ。彼はデンキウナギの恐ろしさを体感し、ゾウムシのバーベキューを試食する。
フェロー諸島
ノマド・シェフ フェロー諸島 ノマド・シェフのジョックは北大西洋に浮かぶフェロー諸島へ。ここでバイキングの末裔たちの食の秘密を探る。彼は珍しい“スカイフィッシング”でツノメドリの狩りに挑戦。発酵した魚の頭や、クジラの脂身を使った料理を作る。
スペイン
ノマド・シェフ スペイン 今回ノマド・シェフのジョックがやって来たのはスペイン北部。ケルト人とローマ人、そして険しい海岸によって形作られた、この地域の食文化の秘密に迫る。彼は“死の海岸線”で、命がけでエボシガイを採る。そしてスモークチーズを持って洞窟の中へ...。
職業:バスプロ〜バス釣りに人生を捧げた男たち〜 -市村直之篇-
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職業:バスプロ〜バス釣りに人生を捧げた男たち〜 職業:バスプロ〜バス釣りに人生を捧げた男たち〜 -市村直之篇- 高校を中退してまでバスプロを目指した市村直之。今や自身のブランドを立ち上げ順風満帆に見える市村にも知られざる苦労があった。
職業:バスプロ〜バス釣りに人生を捧げた男たち〜 -五十嵐誠篇-
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職業:バスプロ〜バス釣りに人生を捧げた男たち〜 職業:バスプロ〜バス釣りに人生を捧げた男たち〜 -五十嵐誠篇- 野尻湖でガイド業を営む五十嵐誠。国内最高峰の戦いの場で勝ち星を積み上げていく五十嵐も人知れず不安を抱えていた。このままバスプロを続けていくべきか・・・揺れ動く心境を語る。
職業:バスプロ〜バス釣りに人生を捧げた男たち〜 -青木大介篇-
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職業:バスプロ〜バス釣りに人生を捧げた男たち〜 職業:バスプロ〜バス釣りに人生を捧げた男たち〜 -青木大介篇- 国内最強の呼び声高いバスプロ青木大介。現在、国内主要タイトルを全て奪取した青木を支えるものとは。トーナメントに挑む勝負師とは別の顔がそこにはあった。
#50『食品の保存方法を変えた!劣化を防ぐ食品用ラップ』クレハ:関 孝幸
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CHANGE YOUR LIFE ~あなたのくらしを変えたもの~ #50『食品の保存方法を変えた!劣化を防ぐ食品用ラップ』クレハ:関 孝幸 調理の際に余った食材や、食べ残してしまった料理は、放っておくと乾燥や酸化が進み劣化していきます。 そんな現象を防いでくれるのが、「食品用ラップ」です。 その誕生は意外に古く、1960年のこと。それまでなかった“ラップで包みこんで保存する”という考え方は当初、なかなかくらしに浸透せず、売れ行きは全く伸びなかったといいます。 追い風となったのは、冷蔵庫や電子レンジなどの普及。私たちの食卓事情が変化したことでニーズが高まり、日本中の家庭に広まりました。 販売から60年が経ついまも、様々な改良が加えられ、進化し続ける「食品用ラップ」。 今回は、その開発秘話を関さんに伺いました。 【提供】日産自動車
#53『トイレ文化を変えた!“世界中から注目”温水洗浄便座』TOTO:宮副 琢
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CHANGE YOUR LIFE ~あなたのくらしを変えたもの~ #53『トイレ文化を変えた!“世界中から注目”温水洗浄便座』TOTO:宮副 琢 用を足した後のお尻ケアといえば、かつては紙で拭くだけでした。 そこに、スイッチひとつで“洗い流す”という、新たな習慣として定着したのが「温水洗浄便座」です。 もともとは、1960年代のアメリカで誕生した「温水洗浄便座」。 日本の市場で売り出すには、ある問題を解決することが不可欠でした。 その他にも噴射角度や、温水を当てる位置など、試行錯誤を繰り返したといいます。 ところが、製品が完成したのち、いざ販売という段階で、またしても課題が... いまや私たちのくらしにすっかり定着し、海外からアツイ視線が注がれている「温水洗浄便座」。 その開発秘話と苦難の道のりを伺いました。 【提供】日産自動車
#48『スマホ充電のストレスを変えた!”街中でかんたん充電”バッテリーシェア』INFORICH:高橋 朋伯
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CHANGE YOUR LIFE ~あなたのくらしを変えたもの~ #48『スマホ充電のストレスを変えた!”街中でかんたん充電”バッテリーシェア』INFORICH:高橋 朋伯 スマホの電池がなくなってしまい、使いたいときに使えない...私たちの日常のあらゆる場面で活躍し、欠かすことのできないアイテムだからこそ陥るピンチ。そんなもどかしさを解消してくれるのが、モバイルバッテリーのシェアサービスです。 高橋さんは2018年、日本で初めてこのサービスを導入。 “どこでも借りられ、どこでも返せる”をコンセプトに全国のコンビニや公共施設などあらゆる場所に展開。 いまでは設置台数が1万を超え、海外にまで広まっています。 さらに、災害時にもその利便性を発揮し、多くの人の支えとなりました。 今回は高橋さんに、導入当初の苦労、そしてこのサービスがくらしをどう豊かにしてくれるのか伺いました。 【提供】日産自動車
喝采と警戒のシルクロード
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朝日新聞コラボ企画 Abema×GLOBE【毎月更新】 喝采と警戒のシルクロード 大航海時代の到来と交代するように歴史の表舞台から姿を消したシルクロードが今、復活を遂げつつある。仕掛けたのは中国。巨大構想“一帯一路”によるものだ。そのシンボルが、中国から中央アジアを経て欧州まで駆け抜ける列車「中欧班列」。流れ込んだヒト・モノ・カネによって、周辺の景色は一変している。経済特区として活況に沸くカザフスタン・ホルゴス、中国と欧州を結ぶ内陸港として再起をかけるドイツ・デュイスブルク...。一方、タジキスタンは中国からの債務超過に直面し、新疆ウイグル自治区では少数民族への弾圧が強まっている。光と影、“一帯一路”がもたらすものとはー。2018年ATP賞ドキュメンタリー部門で奨励賞を受賞した朝日新聞・村山祐介記者が、現代に蘇ったシルクロード1万キロを取材。喝采と警戒が渦巻く いにしえの交易路の今を追った。
#20 『発熱への対処法を変えた!日本初の冷却シート』ダイヤ製薬元会長:守金眞滋
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CHANGE YOUR LIFE ~あなたのくらしを変えたもの~ #20 『発熱への対処法を変えた!日本初の冷却シート』ダイヤ製薬元会長:守金眞滋 貼るだけで体の表面の温度を下げてくれる冷却シート。 急な発熱のとき、かつての〝氷のう〟よりも手軽に簡単に使えて、 いまや家庭の必需品となりました。 この冷却シートの生みの親が守金眞滋さんです。 シートの開発には、中小企業として抱えた長年の苦労がありました。 1975年に父から事業を受け継ぎ、良質な〝貼り薬〟の研究に没頭してきた守金さん。 最新設備もなく、市販の家電を代用するなどして、ようやく理想の効果を実現。 ところが、なかなか商談がまとまらず、経営が行き詰ってしまいます。 このままでは、せっかくのアイデアが水の泡になってしまう...。 そんなとき、ふと頭に浮かんだ母とのある思い出、それが冷却シート誕生に繋がったといいます。 今回は守金さんに、冷却シートの開発秘話を伺います。 【提供】日産自動車
#32『都市の移動ツールを変えた!自転車シェアサービス』ドコモ・バイクシェア:堀 清敬
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CHANGE YOUR LIFE ~あなたのくらしを変えたもの~ #32『都市の移動ツールを変えた!自転車シェアサービス』ドコモ・バイクシェア:堀 清敬 最寄り駅に着いても、目的地まではもう少し歩かないといけない...。 自転車があれば便利だけど、自分で所有してまで乗る機会はない...。 そんな時に簡単便利に使えると話題を呼んでいるのが、街中で気軽に自転車が借りられるシェアサイクルです。 海外ではすでに浸透しているシェアサイクルですが、日本でいち早く目を付けたのが、堀清敬さんが社長を務めるドコモ・バイクシェアです。 専用ポートから電動自転車をいつでも借りられ、しかも別のポートに乗り捨て可能という利便性から、 通勤通学や観光などあらゆる用途で利用されています。 事業立ち上げから8年、今では全国29エリアでサービスを展開するなど事業を拡大させていますが、その裏ではサービスを維持する上で切っても切れない、ある問題との格闘の日々がありました。 今回は堀さんに、シェアサイクルが私たちの暮らしをどのように豊かにしてくれたのか伺いました。 【提供】日産自動車
#34『現代人の食生活を変えた!“ヘルシーで美味しい“サラダチキン』アマタケ:佐藤優
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CHANGE YOUR LIFE ~あなたのくらしを変えたもの~ #34『現代人の食生活を変えた!“ヘルシーで美味しい“サラダチキン』アマタケ:佐藤優 低カロリーなのに高たんぱく...健康志向が高まる中で、食卓の定番となったサラダチキン。 コンビニやスーパーから人気に火が付いた商品ですが、それよりもっと前からサラダチキンを作り続けているパイオニアが、佐藤さんが取締役を務めるアマタケです。鶏の飼育から加工・販売まで、すべての工程を自社でまかなっているアマタケ。サラダチキン開発のきっかけは、ジューシーなもも肉に比べてパサパサする食感のイメージが強く、“業界のお荷物”とまでいわれた鶏むね肉の現状を何とか変えたいという強い思いでした。 しかし、販売当初は鳴かず飛ばず...。その後、東日本大震災が起きたため、苦しい日々が続きます。それでも、将来性にかけサラダチキンを作り続けた結果、一大ブームの立役者となることに成功しました。 今回は佐藤さんに成功までの壮絶な道のりと現代の食卓を豊かにしたサラダチキンに込めた思いを伺いました。 【提供】日産自動車